子供時代の歯医者像とは3
また、歯医者のイメージのよさには別の理由もあります。幼少時から歯の痛みや欠損で困る人たちをたびたび見てきましたが、歯医者が少なく気軽に通院できないため、治したくても少々の不調は我慢するという人が大半でした。そのため、私が歯医者になって治療すれば、喜んでくれるはずの一人ひとりの顔がすぐに浮かんだものです。
当時の私にとって、歯科医は自分に課せられた仕事を忠実にこなすことによって他者に喜ばれるだけでなく、感謝もしてもらえる魅力的な仕事でしたが、特に人の悩みを取り除けることに対して素晴らしさを感じていました。つまり、人に与えるということはよい行いであり、それこそが祝福される人生だという考えは、私にとって身近なものだったのです。それは同志社中学ならびに高校に通い、毎日チャペルで聖書を読み、牧師である先生から説教を聴いていたからです。日々のお祈りを通じて物質よりも精神を尊び、得ること・持つことよりも与えることをよしとし、悩み苦しむ人々に寄り添うことの人間的意義を心に刻んできたからでしょう。
また、チャペルのお説教では聖人の身に起きたさまざまな艱難辛苦が描かれ、彼らが信仰をもって果敢に難題に立ち向かう様子が紹介されます。家業や家族の健康状態にも特に問題はなく自らの中学受験も成功、つまり実生活における試練が少ない私にとって、歯は実感し得る最大の問題であるともいえました。
一方、家業の場合はお客様に対して「おおきに、ありがとうございます」と繰り返すばかりで、逆に感謝される場面など想像できません。今にして思えば、お客様の側からも礼をいわれる機会は少なからずあったはずですが、よく把握できていなかったのでしょう。
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