自己臭恐怖は欧米でolfactory reference syndrome(ORS)と呼ばれています。2011年、米国ロードアイランド病院のフィリップス博士が自己臭恐怖の典型的な症例を報告しました。
症例報告
患者はORSの症状のため障害給付金を受給している29歳、独身、無職の白人女性で、自分が「ひどい悪臭」を発生していると思い込んでいました。汗のような臭いを気にかけたことが契機となり、おならに関する解説を読んでからは大便のような臭いを意識するようになります。その後、「オリンピックのボート選手は1日に7.5ℓの息を吐く」とテレビで聞くや、今度は口臭で頭がいっぱいになりました。さらに「5日間放置した食糧やたばこ」の臭いの「悪臭」を発していると信じ込み、自らの品性まで恥じる状態に至ったのです。
もちろん口臭に留まらず、おなら、わきが、尿臭、汗臭などもまた、「自分の体から不快な臭いが発し、周囲の人に嫌な思いをさせ、そのために自分が他人から忌避される」原因となります。これらを含め、自分のあらゆる臭いにとらわれる病気が「自己臭恐怖」です。DSM-4-TRという米国精神医学会の分類で「身体醜形障害」、海外でOlfactory
Reference Syndromeといわれる病気が、日本の自己臭恐怖に相当します。
この患者には明確な関係妄想があり、ガムや石鹸(石鹼工場で勤務していた当時でさえ)を手渡されると、その妄想が引き起こされました。誰かが鼻をくんくんさせる、顔をしかめる、彼女をちらっと見る、窓を開ける、彼女の前から立ち去るという行動のみならず、「ここはむっとする」「新鮮な空気がほしい」などの言葉にも敏感に反応し、いつもの妄想癖にスイッチが入るのです。
また、彼女は「体臭」を消すため一日に2時間半はシャワーを浴び、5回から10回着替えるだけでなく、頻繁に息や腋臭、下着の臭いを点検し、過度に歯や舌、頬粘膜を磨いて出血を起こしながらもおならを減らす特別な食事を摂り、多くの石鹼や消臭剤、香水、マウスリンス、ガムを常用していました。
このような自己臭恐怖が、やがて彼女に深刻な社会的孤立を引き起こします。15~20回も転職を繰り返したあと完全に引きこもってしまい、「常時自殺することを考えていた」と述べるほど究極の事態に陥ったのです。すべて、「同僚が自分の体臭について噂している」と誤解してしまったことが招いた悲劇です。
胃腸科、婦人科、歯科。こうなると、どこを受診しても問題は解決しません。たとえば歯科では医薬品扱いのマウスリンスを処方されましたが、もちろん彼女の心配は解消されませんでした。かつて自己臭恐怖を統合失調症と診断した時代がありましたが、彼女のケースでは自己臭恐怖を想起させる以外、何の精神症状も示してはいなかったのです。
|