2.自己臭症患者の訴える口臭について
自己の口臭を感じるという患者の訴えを詳しく問診してみると、必ずしも臭いを感じているわけではないことが判明した。「口の中がネバネバする」「口の中が酸っぱい」「食事の後で食べ物の臭いがいつまでも残る」「舌が白い」19)「私が話すといつも相手が指で鼻をこするので口臭があるに違いない」といったようなさまざまな状況を「口臭を感じる」と表現していた(表2)。
口腔内感覚の異常は主としてドライマウスの病態と考えられた。すなわち、ドライマウスに起因する乾燥感、熱感、味覚障害、粘膜の肉眼的変化が口臭に対する不安と結びついていた。ドライマウスはまた、口臭そのものも引き起こしていた。このことから、口臭治療にはドライマウスに対する検査や対応が必要となることが多かった10)。
他人の仕草も患者に口臭の心配を呼び覚ます大きな悩みであった。表2に示した仕草は多くの場合、患者の口臭により誘発されるものではなく、話し相手自身が口臭を気にすることから生じているものと考えられる。しかしながら、すべての現象を自己の口臭と関連付けて考えてしまう口臭患者にとっては、これらの仕草はとても気がかりなシグナルとして受け止められていた。
口臭患者が抱える問題の中で最大のものは臭い自体に対する不快感ではなく、口臭が生じていることに対する不安や恐怖であった。口臭自体は程度の差はあれど誰にでも生じうるものであり、重篤な疾患を惹き起こすわけでもないが、対人関係を決定的に悪化させる原因となると患者は恐れていた。周囲の人間にとっては患者の口臭に気付かないことも多いのだが、それにもかかわらず患者自身は他人との会話を恐れていた8)。
口臭患者は通常接近して他人と会話することを避けようとし、接近せざるを得ない場合は口を開かないようにする傾向にあった。やむを得ず話さなければならない時は、息を吸いながら話すという者も複数みられた。
会話を避けて口をつぐみ無口になると、唾液の流れが停滞し、口腔生理機能は急速に悪化する11)。口腔内は嫌気的環境となり、嫌気性菌が増殖してVSCなどの口臭ガスを産出する。つまり、口臭を意識する余り、かえって口臭が強くなってしまうのである11)。
また、接近して話さざるを得ない場合に口臭患者はしばしば上体を背らしたり、口を手で押さえたりしながら会話していた。このような行為は相手に自分自身の口臭に対する不安を呼び覚まし、同じように上体を背らしたり、口に手を当てたりする(鼻を指でこする仕草もよくみかける)仕草を起こさせてしまうことがある。患者にとっては自分が相手の仕草を誘発しているとは思い至らないため、患者の口臭に対する反応だと思い込んでいた。このため、ますます会話することが困難な状態に陥っていた20)21)。自分以外の人間に対しては普通に話す人が、自分と話すときだけ口に手を当てると訴える患者がいた。このような患者には必ず口に手を当てる仕草が観察され、患者が相手の仕草を引き出していると考えられた。
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